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ただ水の中に小さくなっていく七瀬を見ていると怖くなった。

何を言っても振り返らない彼の背中には殺気が漲っており、
本気で死のうとしていると感じた私は止めなければと水の中を歩き出した。

彼にはもう胸の上まで波がきている。

「七瀬!バカ!あんた何やってんの。戻れって言ってんだろ。」

私は興奮してしまい、ことばが暴走し始めた。

けれどこういうとき何と言って説得すればいいのか分からない私は、
自力で引き戻そうと海面が腰に達したところで肩まで思いっきり浸かって頭だけ出して泳いだ。

ジーンズが海水を吸収し始め次第に体が重くなっていき、思うように泳ぐことができない。

気持ちだけが先走り、波にからかわれて前進しているのか後退しているのかも分からない。

海水が口に入り、あまりのしょっぱさにむせて足をついてしまうと水はもう胸の上まで来ている。

今朝父が作った味噌汁を思い出し、父さん、助けてと心の中で祈った。

冷たい海水と人が目の前で死のうとしている恐怖で私の膝と顎までがくがく震え始めた。

七瀬はもう肩まで浸かっている。泳ぎには自信があったが、この荒い波の前ではまるで歯が立たない。

彼より頭一つ分背の低い私にはもう彼に近づくことはできないと判断した。

「もう限界。やめようよ。」

わたしがそう言うと七瀬はようやく振り返ってくれた。

もともと肌の白い彼の顔には青みが増さり、まるでもう死んでしまっているかのようだ。

いつもは血色のいい赤い唇は完全に色を失っている。
大きな波が押し寄せる度に私の体は水中に浮いてしまう。


「マリア!希望の歌を・・・」


七瀬は叫んだが波の音でかき消された。

「え?希望の歌?」

「希望の歌を歌ってくれ!」

完全に狂っていると思ったけど、何か歌わなければと頭の中で必死に選曲した。

いったい彼は今どんな気持ちなのだろうか、まだ高校生なのに世界に失望してしまったのだろうか、
何が彼をそうさせているのかと考えると悲しい歌ばかり浮かんできて、希望の歌はひとつも思いつかなかった。

私は目を瞑って自分が楽しかったときを思い出そうとした。

頭の中で記憶のシネマを巻き戻していくなかで母が元気だったころまで辿り着いた。

友紀が生まれたばかりのクリスマスイブに一人暮らしの祖母を招いて、
母が作った大きなチョコレートケーキや父が作った本格的な中華料理をテーブルに並べ、
みんなで食事をしたときの映像が再生された。

あの晩サンタクロースが本当にやってくると胸に期待を寄せてなかなか眠りにつくことができなかった。

そのとき一人ベッドで口ずさんだ「ハッピークリスマス(ワーイズオーバー)」を思い出し、
海水でひりひり痛む喉に耐えながら彼に届くように大声で歌った。